奈良のそば処喜多原
 岩手県の旅つづき
 温泉津の町
 島根県の旅つづき
 亀嵩駅のこと
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 島根県の旅つづき

  さて、前回の続き----
  温泉津(ゆのつ)をあとに、国道9号を経て石見銀山跡に近
 い大森へ向かう。
  石見銀山は、江戸時代に天領として栄えた鉱山であり、大森
 はその鉱山に近く、国の選定する保存地区である。

  大森へ向けて峠を下ると、銀山川という小さな川に出た。代
 官所跡に近い駐車場に車を置く。広い駐車場にはたくさんの観
 光客と車が来ている。
  銀山川を渡って大森の町並みへ向かう。赤瓦の軒を連ねた家
 並みは深い山に囲まれて静かで、あれほどの観光客がどこへ行
 ったのかと思われるほどに人の姿はなかった。観光客相手のち
 ょっとした店もあるが、外見はごく普通の民家で質素なもので
 ある。
  狭い道は川に沿うようにゆるく曲がりくねっていて、その両
 側に往時鉱山で働いていた人たちの住まいだったという家々が
 続いている。一部に塗屋造りの建物もあるが外見上はさして豪
 壮なものではなく、また農山村に見られるような大きな住居と
 いったものもない。全国的に見られる、山村の旧街道にバイパ
 ス道路ができて、近代化や開発を逃れた静かな町並みと表現す
 れば当たっているだろうか。
  しばらく行って、道が少し上り坂になったあたりの、雑貨の
 店から先の家並みが気に入って描かせてもらうことにする。

  次回は、松江をあとにして広島県へ戻る途中に立ち寄った亀
 嵩のことを。            二〇〇四年十一月
                 




    □亀嵩(かめだけ)駅のこと
      前回からの続き----

     宍道湖の湖畔、松江の町から南へ向かって車を走らせて
    くと、やがて山あいの農村地帯となる。道は次第に上り坂と
    なり、そのうち人家もまばらになってさらに山が深くなって
    いく。行き違う車はほとんどない。
     地図で見ればそれほどの遠さではないのに、ずいぶん来た
    と思うころ、気をつけていなければ見落としてしまいそうな
    ところに小さな駅舎があった。小説「砂の器」の舞台、JR
    木次(きすき)線亀嵩駅である。
     あたりは深い山に囲まれており、駅舎の背後もすぐ急斜面
    の山である。鉄板ぶきの屋根の小さな建物に大きく「亀嵩駅」
    とあった。
     駅舎に入るとちょっとした待合室と正面に改札口があり、
    右手に普通なら駅員のいる事務室のような位置に「カラカラ」
    と開けて入るガラス戸の部屋があって、そこは「そば屋」で
    あった。そういえば駅舎の前に「営業中」の看板があって何
    のことかと思ったが、それはこの店のものであった。まあ、
    五、六人の客でも窮屈かといった、そんな店内に入ってみる
    と、壁や梁にタレントのサイン色紙や写真(渡辺謙さんの写
    真も)が、ところ狭しと貼ってある。鉄の足のごく簡単なテ
    ーブルとイスがあって、そばを食べ終わったらしく初老の客
    が帰り支度をしているところであった。    
     ここ、仁多町亀嵩が小説「砂の器」の重要な鍵となったの
    は、東北弁に似た訛りと「カメダ」によく似た地名からであ
    った。そんなことを思い出しながら待合室に戻る。放浪の末、
    この地にたどり着いた親子のたどる運命と、主人公の背負っ
    た宿命を思うには今のこの情景はいささか物足りないものが
    あったが、そのこととは別にして、名物というそばを食べる
    時間がなかったことが心残りではあった。
        二〇〇四年十一月
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